灯火の先に 第12話


各国の動きを見ながら、シュナイゼルは小さく息を吐いた。

「どうなされますか、シュナイゼル様」

傍に控えていたカノンが尋ねると、困ったねと小さく笑った。

「ゼロの居場所を知る者は限られている。一体誰が漏らしたのだろうね」

これは機密中の機密事項。
絶対に口にしてはいけない内容だったはずなのに、それを口にした者がいる。ロイドが助手であるセシルに話した可能性はあるが、未だに悪逆皇帝の真実を語らないあの二人の口から漏れるとは思えない。影武者も絶対に口にしない人物だ。
となれば三人。
シュナイゼルの許可なくジェレミアの元へ行ったカレン、ゼロと行動することが多いブリタニアの代表ナナリー、そして超合衆国のトップともいえるカグヤ。
軽い気持ちで話したとは言わないが、重い秘密に耐えられず、信用できるものに、「誰にも言わないで」という前提で相談した可能性はある。
だが、人の口に戸は立てられない。
誰にも言わないで、と言われても、誰もが知りたいだろう内容であればあるほど、自分とは本来関わることのない機密事項であればあるほど、自分に実害のない話ならば、誰かに話してしまうものだ。
だから、火のない所に煙は立たぬという様に、火元となる何かが必ずあるから、その噂を嘘だと決めつけず、真偽を確かめようとするのは当然だ。
もし真実ならば、ゼロを手に入れる事が出来るのだから。

「今から我々が動いても、彼らを保護する事は不可能だね」

時間的な問題もあるが、ここで動けば噂は真実だったと認めることになる。
それに、万が一にもスザクがゼロだとばれて困る事はない。
スザクが生きていたことを世界は非難するだろうが、それは最初だけ。
スザクがゼロだと知られれた時点で、人々があの喜劇の真相に気づき、最初のゼロの正体にたどり着く可能性は非常に高い。
悪逆皇帝の真実を人々が知った時に困るのは、ゼロであるスザクでも、スザクを匿ったジェレミアとアーニャでも、ゼロに仕えるシュナイゼルでもなく、ナナリーであり、カグヤであり、カレン。そして黒の騎士団の幹部達。
ルルーシュが吐き続けた嘘の中には、彼らにとって致命傷となる真実を覆い隠すためのものが幾つもある。そのことを、彼らは解っているのだろうか。そして、その嘘が知られた時の危険性も。
いや、何もわかっていないからこそ、視力を失ったゼロを呼び戻そうとしたり、ゼロを保護するために、さも当たり前のように黒の騎士団・ブリタニア駐屯軍を独断で動かすのだ。黒の騎士団所属となったブリタニア軍を動かす権限など本来持たない者がだ。
本の数年前まで皇族に絶対の忠誠を誓い、あの行政特区の殺戮命令にも従うような元ブリタニア軍人が所属している駐屯軍をだ。それがどんな結果をもたらすのか、きっと想像もしていないだろう。

「・・・楽しそうですわね、殿下」
「カノン、間違っているよ。私はもう殿下では無い」

そう言いながら、シュナイゼルの口は楽しげに弧を描いていた。



「え?アーニャさんが逃げたと?」

部下からの報告に、ナナリーは目を丸くした。
各国代表がスザク・・・いや、ゼロを手に入れようと動きだしたため、急ぎ迎えを送ったのだが、そこにゼロであるスザクが居ないだけではなく、オレンジ畑を栽培しているジェレミアとアーニャまで姿を消したと言うのだ。
どうして?
ゼロが姿を隠すのは解る。
でも、二人は?
ナナリーが困惑していると、プライベートの携帯に着信が入った。
見ると表示はアーニャ。
ナナリーは慌てて電話に出た。

「アーニャさん!」
『ナナリー、久しぶり』

かつて日本がエリア11と呼ばれていた頃、総督であったナナリーの護衛をした少女は、あの頃と変わらぬ様子で挨拶をした。

「お久しぶりです、アーニャさん」
『ナナリー、どうして軍をよこしたの?』

アーニャは単刀直入に質問をした。

「え?」

質問の意図が解らず、ナナリーは思わず声をあげた。
ナナリーはゼロであるスザクを迎えるため駐屯軍を動かしたが、何故アーニャにこんな冷たい声で尋ねられるんだろうと首を傾げた。

『どうしてKMFまで?なんのために?』
「その事でしたら、ゼロの護衛のためにです」

何せ各国がゼロを狙っているのだ。
だから安全のためにKMFも動かした。
その事を伝えると、アーニャはますます冷たい声で尋ねてきた。

『ナナリー、ゼロの正体は極秘』
「ええ、わかっています」

ゼロは正体不明の仮面の英雄。
何を当たり前の事をとナナリーは首を傾げた。

『ナナリー、何も解ってない。どうして貴女やロイドではなく、軍をうごかしたの?ゼロの正体をばらしたかった?』
「え?いえ、そんな事ありません。ただ、私にはそちらに向かう時間がありませんし、それにロイドさんも研究が」
『言い訳はいらない。ゼロがここでも仮面をしていると思った?』

そこまでいわれて、ようやくナナリーはハッとなった。
スザクはずっとゼロの姿でナナリーの傍にいた。
写真では見た事はあるが、直接その顔をいまだに見る事は叶っていない。
そのせいか、ナナリーのイメージの中のスザクも常にあの姿なのだ。
仮面を外し、普通に生活など想像もしていなかった。

「あ、あの、もしかしてゼロの素顔を!?」

大変だと、ナナリーはようやく焦りの声をあげたが、気づいていなかったのかと、アーニャの声は冷たかった。

『大丈夫、ゼロはここにはいないから』

だから正体は知られていない。
見られていない事に安堵したが、いないとはどういう事なのだろう?

『でも、必ずいるはずだって、オレンジ畑を踏み荒らした』
「え?」

怒りの籠ったアーニャの言葉に、ナナリーの頭は一瞬思考が停止した。

『屋敷の中もぐちゃぐちゃ』
「え!?」

アーニャ達が丹精込めて世話をしたオレンジ農園が踏み荒らされた?
屋敷を荒らされた?
何の話?と、ナナリーは混乱した。
ナナリーはただ、そこにいるゼロの保護と護衛を命じただけ。
それ以上は何も指示はしていなかった。

『ナナリー、貴女は軽率すぎる』

ゼロの正体は極秘。
そのゼロが負傷し、元ナイトオブシックスの元で養生している。
これは、ゼロの正体を知るチャンスでもあるのだ。
ゼロ一人、あるいはアーニャ達も含め三人を保護したとしても、真実を知らない元ブリタニア軍人達に保護されたら最後、逃げ場などない。彼らに、無理やり仮面を外される可能性を考えていないのだろうか。
そもそも、何のためにゼロの失明と、この地での養生を隠していたと思っているのだろうか。本当に安全を考えるなら秘密裏に、ロイドとセシルにでも頼み連れていくか、こちらに連絡をし、ジェレミアとアーニャが連れていけばいいだけなのに。
ナナリーは解っていない、ここにいたのはゼロなのだ。
神聖ブリタニア帝国にとっては敵であったテロリスト・ゼロ。
恨んでいる者、いまだに敵視している者は多い。
だからこそ、爆破テロなど起きたのだ
恐らく、今回の件もシュナイゼルの許可は得ていない。知らせてすらいないだろう。
シュナイゼルが判断したならば、カレンや真実に関わった者達が必ず来るはずだから。彼らなら、ゼロの正体を命がけで守るだろう。
だが、そんな者たちは1人も居なかった。
それに、皇族では無くなったとはいっても、ブリタニア臣民はナナリー達を今も神のごとく崇めている。彼らにとってナナリーはブリタニアの100代目皇帝なのだ。シャルルを暗殺し、臣民を虐げた悪逆皇帝ルルーシュは、彼らにとって唯一憎むべき異端の存在だが、それ以外の皇族は崇拝の対象なは変わっていなかった。だから今、ルルーシュが廃止した皇位をナナリー達に取り戻すため政府が動いている。
そのナナリーが直接下した命令。
どのような手段を用いても遂行しようとするのはブリタニア人なら当然で、もし農園にいないのなら、どこに逃げたのか拷問してでも吐かせてみせる。全てはナナリー皇帝陛下のために。その思いを胸に彼らは動いている。
その結果がこれ。
アーニャとジェレミアはこうなる事を予想していた。
皇族崇拝者の行動は予想がたやすく、結果は目に見えていた。
だからこそ、相手にその意思が見えた時点で逃げたのだ。
捕まったら最後、知らぬ存ぜぬと言った所で信用などされず、情報を引き出すためには拷問や自白剤、あるいはリフレインも使ってくるだろう。いくらルルーシュが内部を一掃しても、深く根付いた彼らの性質までは変える事は出来ない。
ナナリーは知らないのだ。
たとえ虐殺命令でも、皇女が出せば従うような連中が大半なのだと。
皇女に意見出来る者などそうはいないのだと。
庶民として生きてきたことで、その思想に触れる機会が無かった事が災いした。
アーニャが今もナイトオブラウンズの地位にいたなら、皇帝の騎士であったなら今回の件は防ぐ事は出来ただろう。
だが、いまのアーニャは元、ラウンズなのだ。
何の権力もない元騎士・元軍人にすぎない。
地位を失えば、同時に力を失うのがブリタニア。
『貴女は敵?それとも味方?』

アーニャはそれだけ言うと、通話を切った。

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